市民サミット2008[3] (7日:「グローバルガバナンス再考:G8サミットのアカウンタビリティ
7月7日(月)、「市民サミット 2008」の2日目。
この日は各会場にわかれて分科会が開かれた。
● コンベンションセンター・特別会議場では、午前中(10時から12時30分)、「2008年G8サミットNGOフォーラム」の貧困・開発ユニット主催の国際ラウンドテーブル「世界市民の声――貧困をなくすために」が開催された。参加者は150人ほど。「G8の責任とミレニアム開発目標(MDGs)」、および「新たなる課題、市民社会の役割」が議論された。
● 午後13時過ぎから、小ホールでは、「グローバルガバナンス再考:G8サミットのアカウンタビリティを問う」が、日本国際ボランティアセンター(JVC)、アクションエイド・インターナショナル主催で開催された。「G8を問う連絡会」の小倉利丸さんによる基調講演が1時間分ほど逐次通訳でなされた。そこではG8の歴史、アカウンタビリティと民主主義、G8における「約束のポリティクス」について語られた。
興味深かったのは、情報をもらう、説明してもらうというレベルにとどまるアカウンタビリティよりも、決定過程に参加し、プロセスを透明化していくデモクラシーのほうがより重要だと語られた点である。またG8が約束してきたもののなかで、何が実現され、何が実現されていないかを具体的に比較し、その結果、自由貿易推進、国内規制緩和、IMF構造調整政策の推進、テロ対策の国際的連携、原発政策などが実現され、逆に貧困解消、債務帳消し、気候変動などが実現されていないことがわかるという作業もフロアの共感を得ていた。
パネラーのひとり、ウォルデン・ベローさん(フォーカス・オン・ザ・グローバルサウス)は、小倉さんの見解に同意したうえで、G8による世界の「支配」が、今やシンボルのレベルでなされているということを指摘する。たとえば、G8は「良い管理」、「経済成長」、「市場」、「政権・政治の安定性」といったシンボルを構築し、それに対して運動側は「レジスタンス、ソリダリティ、平等」といったシンボルで対抗した。その後、グレンイーグルスの際、ブレア労働党は「パートナーシップ」、「協議」、「貧困」、「ミレニアム開発目標」などのシンボルから成る、「ニューG8」のイメージを構築した。このようなイメージのありかた、どの要素を前に出していくかという闘いが政治レベル以前にあり、その闘いに負けると、政治的レベルでの闘いにも勝つことができなくなる。このようなシンボルのレベルでの闘いの重要性が指摘された。
小倉さんのG8問題の説明。ベローさんによる具体的な闘いの場の指摘。それは国際NGOと政府の制度的・現実的ルートでの交渉と、キャンプ・デモ活動と政府・警察のあいだの非制度的・シンボル的なレベルでの交渉という形で両者を整理しつつ、つなげる理論的枠組みともなるかもしれない。残すは、8日・9日の二日間。札幌の国際NGO、と洞爺湖周辺のキャンプ・デモ。そのあいだに何がしかの連携は可能だろうか。今のところ、どちらも、他方が歩み寄るべきだと考えているようである。
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